From Wikipedia_ja - Reading time: 1 min| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 三重県北牟婁郡紀伊長島町(現:紀北町) |
| 生年月日 | 1960年9月14日(62歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 80 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1982年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 1983年5月18日 |
| 最終出場 | 1988年6月4日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
浜田 知明(はまだ ともあき、1960年9月14日 - )は、三重県出身の元プロ野球選手(投手)。
長島高では、1977年秋季中部大会県予選準決勝に進むが、中西親志捕手のいた相可高に完封負け。
高校卒業後は、社会人野球の電電東海に入社し、中西とバッテリーを組む。
1981年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから5位指名を受けるが入団を拒否し、チームに残留。1982年の都市対抗野球に出場し、1回戦で日産自動車を相手に好投するが、8回に逆転され敗退した。同年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから5位指名を受け入団。
1年目の1983年から一軍登板を果たす。6月12日の対中日ドラゴンズ戦では初先発を果たし、小松辰雄と投げ合うが2回に打ち込まれ敗戦投手となった。その後は腰痛などの持病に泣かされ、1984年から3年間は登板機会がなかった。しかし1987年には復活、主に中継ぎとして自己最多の23試合に登板している。1989年オフに自由契約となり、現役を引退。
引退後は、打撃投手に転向。1995年からはフロント入りし、二軍マネージャー、一軍マネージャーなどを務めた。
サイドスローからのカーブ、シュートを武器とした。
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1983 | 阪神 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 65 | 12.1 | 21 | 2 | 10 | 0 | 0 | 3 | 4 | 0 | 16 | 14 | 10.22 | 2.51 |
| 1987 | 23 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 140 | 34.0 | 27 | 5 | 14 | 1 | 1 | 18 | 1 | 1 | 16 | 14 | 3.71 | 1.21 | |
| 1988 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 31 | 6.2 | 10 | 2 | 2 | 0 | 0 | 6 | 2 | 0 | 6 | 6 | 8.10 | 1.80 | |
| 通算:3年 | 40 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | -- | .000 | 236 | 53.0 | 58 | 9 | 26 | 1 | 1 | 27 | 7 | 1 | 38 | 34 | 5.77 | 1.58 | |