From Wikipedia (Ja) - Reading time: 1 min

つけペン(付けペン)は、ペン先(ペンの先端)にインクをつけながら筆記・描画に用いるペン。インク自体の表面張力および粘性によって少量のインクをペン先の一部に保持し、そこから毛管現象を利用して微量のインクを紙などの筆記・描画面に導く構造を持つものが多い。
18世紀に金属製のペン先が実用化されるまで筆記や描画には羽根ペンや葦ペンなど、先端を削ってインクを直接付けて使用するつけペンが使用された[1]。しかし、万年筆やボールペンなどのように内部にインク格納部を持ち、頻繁にペン先にインクをつける必要のないペンが普及したため、今日ではレトロニムとして「つけペン」と特記するようになった。
今日では頻繁にペン先にインクをつけなければならないわずらわしさから一般の筆記用に用いられることはほとんどなく、様々なペン先の特性によって描線の効果を期待する描画、例えば漫画作品のペン入れや、美術作品としてのペン画、生物学の分類学における記載図の描画などに用いるのが一般的である。また、墨汁などのボールペンや万年筆にいれて用いることが出来ないインクを使用しなければならない場面にも用いられる。
ほとんどのつけペンはペン先とペン軸とに分かれていて、それぞれを特性や好みで選択し組み合わせるのが普通である。ガラスペンはペン先とペン軸が一体化したものが多く[2] 、丸ペンは専用のペン軸があるが、それ以外のほとんどの金属製ペン先とペン軸は互換性がある。インクは購入したインク瓶を机上に置いて、それをそのまま利用する場合と、机などに埋め込んだ容器など専用のインク入れに移して使う場合がある。
参照:[3]
鋼鉄ペン先はイギリスで量産が開始され、1871年(明治4年)に日本に入ってきた。
その後、国産のペン先は、故石川徳松氏が、製造技術や材料・機械などなどすべてが不明の中で苦心研究し、1897年(明治30年)4月から、石川ペン製作所(現ゼブラ株式会社 1963年社名変更)として製造販売を開始した。
1908年(明治41年)の太政官通達で鋼ペンとインクの正式仕様が認められ、毛筆と墨で記録する時代から鋼ペンとインクの時代と移っていった。戦後、生産量は拡大し、昭和25年には最盛期を迎え、ペン先メーカーは18社を超えるほどだった。
そして、昭和40年代初頭までは銀行や郵便局には一般的に、振込用紙の記入用にはボールペンではなくインク壺とつけペンがセットで備えられていた。
近年はマンガ用として、マンガ家にとって、なくてはならない筆記具となっている。
この節の加筆が望まれています。 |
この節の加筆が望まれています。 |
この節の加筆が望まれています。 |
この節の加筆が望まれています。 |
この節の加筆が望まれています。 |


日本
海外
参照:[3]
他、30社以上存在していた。